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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2090号 判決 1976年11月30日

控訴人 宮城県信用保証協会

右訴訟代理人弁護士 工藤鉄太郎

被控訴人 明和昆布株式会社

右訴訟代理人弁護士 谷口欣一

同 福田照幸

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一一月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

控訴人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、控訴人において、「(1)本件手形は、被控訴人において金額、満期、振出日の各欄を記載しない白地手形として振り出し、これを白地の補充権を付与して受取人である株式会社日鰻に交付したものである。すなわち、被控訴人は訴外足立信用金庫梅田支店と金融を受ける取引をしていたが、その融資の枠の超える資金を必要とするにいたり同支店の次長浅野正勝に対しその資金の入手方法につき相談したところ、右株式会社日鰻を紹介されて同会社から資金を借り受けることとし、その際被控訴人が同会社に交付する約束手形の作成方を右浅野に依頼し、浅野はかねてより被控訴人から同金庫よりの融資その他のため被控訴人の記名印、代表者印を預り被控訴人の指示によりこれら印章を使用していたので、同会社から被控訴人が融資を受けるにつき差し入れる約束手形の金額その他の記載事項につきその融資を受けるに足る金額その他の記載をするように頼まれて、被控訴人の右印章を使用して本件手形を作成し前記のように右会社に交付したものであって、本件手形が被控訴人の意思に基づいて振り出されたことは勿論のこと、仮りに浅野において被控訴人から前記印章を預かった趣旨を超えて本件手形を振り出したものとしても、右の手形振出行為は浅野において被控訴人から賦与された権限を踰越して行なわれたものであって、その後転々裏書きにより取得した控訴人は民法一一〇条の規定に照らし保護さるべき立場にあるものと解すべきであるから被控訴人は控訴人に対し本件手形の振出人としての責任を免れることはできないし、(2)仮りに、本件手形の受取人である株式会社日鰻において前記のように白地手形として振り出された本件手形につき白地の補充権を濫用した事実があったとしても、控訴人は本件手形を裏書きにより取得するにあたり、右補充権の濫用の事実のあったことを知らないで取得したものであるから右の事実につき善意の所持人である。」と述べ、当審における証人浅野正勝、同影山輝一の各証言を援用し、被控訴人において、「前記控訴人の主張事実はすべて争う。本件手形は偽造手形である。」と述べ、当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果を援用したほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書二枚目表末行から同裏一行目までを「原告は、甲第一号及び第二号証を提出し、証人浅野正勝、同影山輝一の各証言を援用し、乙第一号証の成立は不知と述べ、被告は、乙第一号証を提出し、被告会社代表者本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、甲第二号証の成立並びに甲第一号証中振出人名下の印影が被告の印判によって顕出されたこと及び付箋部分の成立を認め、被告作成名義部分の成立は否認し、裏書欄の各成立は不知と述べ、甲第一号証を有利に援用した。一に改める。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一、甲第一号証の存在及び同号証を本訴において控訴人が書証として提出している事実並びに同号証中裏書部分に最終の裏書人株式会社七十七銀行が控訴人あてに裏書きをした記載がある事実をあわせ考えると、控訴人は原判決添付別紙「手形目録」記載の手形要件か記載された本件約束手形(甲第一号証)を現に所持していることが推認され、甲第一号証中成立に争いのない符箋部分の記載によると、控訴人は本件約束手形を満期に支払場所に呈示した事実が認められ、甲第一号証中裏面裏書部分の記載によると、本件約束手形は受取人から控訴人にいたるまで前記「手形目録」記載のとおり裏書きが連続している事実が認められる。

二、被控訴人は、本件約束手形の振出の事実を否認するところ、右手形の振出人欄に押捺された被控訴人の記名印と代表者印が被控訴人の正規の印章により押捺されていることは被控訴人において認めるところであるから、反証のないかぎり、該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのを相当とするから、民事訴訟法三二六条の規定により、右振出人欄の記載に関する文書が真正に成立したものと推定すべきである(最高裁判所昭和三九年五月一二日第三小法廷判決最高裁判所民事判例集一八巻四号五九七頁参照。)というべきところ、成立に争いのない甲第二号証中「足立信用金庫梅田支店長代理の浅野正勝に対し、昭和四八年中に明和昆布は、前後十回位、会社の記名印及び代表者印を、これまでの借入金の担保として振り出していた単名手形を書替えるために預けました。」との記載部分並びに原審及び当審における証人浅野正勝、同影山輝一の各証言、被控訴会社代表者本人尋問の結果(同本人については原審第一、二回。以上いずれも後記措信しない部分を除く。)をあわせ考えると次の事実が認められる。

(1)被控訴会社代表者は、かって食料品(海産物)の製造及び販売並びにこれに附帯する事業を個人として営業していた当時足立信用金庫に勤務する浅野正勝と預金業務等の取引上知り合い、同人に右金庫からの融資及びその手続等につき相談するようになったことから同人と親交を結ぶに至ったところ、浅野が同金庫梅田支店に転勤したので、これにともない同支店から浅野を通じて金融を受けるようになったが、事業の規模も拡大し、他方浅野からの勤めもあって、事業の形態を個人経営から法人経営とし、これらの手続一切を浅野に依頼しそのため被控訴会社代表者の個人印を預け、法人成立後は被控訴会社印及び代表者印を浅野に預けて、同金庫との金融取引書の作成及びこれに基づく具体的な融資実行のための手形の振出しその他を依頼し、その計算関係も浅野を信頼してこれを任かせ、浅野もこれにしたがい、右の各印を使用して融資の実行にあたっていた。

(2)そうするうちに、被控訴会社は同金庫に対するその融資の枠もほぼ一杯になり、なお事業運営の資金が必要となったので、浅野に対し、右の枠外に融資を受ける方法を相談したところ、昭和四八年八月二〇日ごろ、かねての知り合いで縁戚関係もあり北海道で海産物の仕入れをする一方金融業も行なっていた影山輝一を紹介され、被控訴会社代表者は、その二、三日後右影山を訪れたところ、同人が同じ業者であるが他方で金融業をも営んでいるので一沫の不安を感じたが、浅野の勧めもあり、かねてから金庫との融資につき具体的な手続上の事項につき浅野に任かせていたので、浅野から勧められるままに、金庫を通じないで浅野を通じ融資を受けることとしたため、浅野は被控訴会社が影山から融資を受けるには、約束手形を差し入れるほかには何らの裏付けとなるものがなかったので、被控訴会社代表者からその所要の資金額を聞くとともにその単名手形でどれだけの額面の手形を差し入れたらよいか影山に相談したところ、影山から額面の半額位ほどの金額しか融通できない旨を告げられたので、被控訴会社代表者に対し、金庫以外から融資を受けるためには約束手形が必要であるが、その枚数及び額面欄の記載金額は白地とすることを含めて金額は一任してもらいたいと話したところ、被控訴会社代表者はこれを了承したので、同会社に交付されるべき手形用紙七五枚(手形帳三冊分)に被控訴会社の記名印及び代表者印を押捺し、金額、満期、振出日の各欄を白地として影山に交付し、影山はその要求された融資額に満つるまで各手形につき金額を記載補充して他から割引きを受けて融資金を確保しようとしたところ、その持ち込んだ割引先で割引金の交付を受けられないまま手形を取り戻すことができず、そのうち手形金額も当初一五〇万円の金員をうるために額面三〇〇万円を記入していたものをそれ以上の金額を記入しなければ所要の融資金をうることができなくなり、そのために額面三〇〇万円を超える金額を記入するようになったがさらにその後右白地手形を利用して自己の家屋の建築資金その他の資金にあてることを考え、多額の金額を記入するようになり、右浅野から交付を受けた白地手形の額面の補充金額は合計二億五千万円にも達した。

(3)被控訴会社代表者は、右の七五枚の手形により融資金として約九四七万円ほどえたが、右の七五枚の手形については本件手形のほか所持人から現実に請求を受けていない。

以上の事実が認められ、前掲証人浅野正勝、同影山輝一の各証言、被控訴会社代表者本人尋問の結果中右の認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信できないし、甲第二号証中前記の部分を除く部分及び乙第二号証をもってしても右の認定を覆えすに足りない。

右の事実によると、被控訴会社代表者は足立信用金庫梅田支店に勤務する浅野正勝に対し、同金庫から融資を受けられない貸付枠以外の資金の融通を受けるため右浅野にその融資あっせん方を依頼し、その方法として被控訴会社振出名義の約束手形の作成等を同人に一任して被控訴会社の記名印及び代表者印を使用することを了承し、浅野において、これに基づき同金庫の手形用紙を使用し、被控訴会社のためにこれに右印章を押捺して額面、満期、振出日各欄の記載のない白地手形を作成し、これを影山に交付したものであるから、右七五枚の約束手形の一通である本件約束手形に押捺された右の各印影が被控訴会社代表者の意思に基づかないで顕出されたものということはできず、そのほか右の認定を左右するに足る証拠もないので、結局前示事実上の推定を覆えすに足る反証がないから、本件約束手形の振出人欄の被控訴人の記名及び押印部分は真正に成立したものと認定すべきである。したがって、本件約束手形は被控訴人によって振り出されたものというべきところ、振出交付にあたり額面金額が記載されない白地手形として交付され、受取人である株式会社日鰻あるいは被裏書人である影山輝一において額面金額が補充されているけれども、その補充は前示認定事実によると被控訴会社において了承した方法の範囲内と認むべきであるし、他方その濫用があったとしても控訴人において本件約束手形を取得するにあたり、その濫用の事実を知っていたことを認めるに足る証拠もないので、被控訴人は善意で本件約束手形を取得したものというべきである。

三、被控訴人は、本件約束手形の受取人と第一被裏書人とは、株式会社とその代表取締役の関係にあるが、右裏書きについては商法二六五条所定の手続が踏まれていないため裏書きは無効であり、その後に裏書きを受けた被控訴人には権利は移転していない、と抗争するところ、原審及び当審における証人影山輝一の証言によると、影山輝一は本件約束手形が株式会社日鰻から右影山に裏書譲渡された当時同会社の代表取締役であったこと、同会社は右影山の個人会社であり、同会社において本件約束手形を割引依頼をするにあたり影山において裏書きをしなければ割引を受けられない状況にあり、同会社の他の取締役もこのことを承認していた事実が認められ、右の認定を左右するに足る証拠はなく、右事実によると、本件約束手形の裏書部分につき同会社から代表取締役である影山に裏書譲渡するにつき同会社の取締役会の承認をえた旨の補箋が付せられておらずその他取締役会の承認をえた旨の文書がないけれども、右の裏書の原因関係は同会社が影山に債務を負担することを主たる目的とするものではなく、同会社が本件約束手形を割り引いてもらうためにはその代表取締役個人の裏書きが必要であったから、影山が代表取締役個人として裏書きを受けて割引きのため有限会社宮城機興に裏書譲渡したものであって、その実質は影山において同会社の手形上の債務を保証するいわゆる隠れた保証のための裏書きと認むべく、またこのような取扱いをすることは同会社の取締役においても承認していたものであるから、商法二六五条の法意に照らし、これが裏書譲渡をもって無効と断ずべきでなく、したがってこれが裏書きが無効であるとする被控訴人の抗弁は理由がない。

四、右によると、被控訴人は本件約束手形の振出人として本件約束手形の正当な所持人である控訴人に対し同手形金三〇〇万円及びこれに対する同手形記載の満期である昭和四八年一一月二七日から支払済みまで手形法所定の法定利率年六分の割合による利息を支払う義務がある。

五、したがって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は不当として取消しを免れず、これが取消しを求める本件控訴は理由がある。

よって、原判決を取り消し、控訴人の本訴請求を認容し、訴訟費用は第一、二審とも敗訴の当事者である被控訴人に負担させ、なお、職権で付する必要のある仮執行の宣言を付することとして、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 館忠彦 安井章)

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